ギターレッスンはじめました。


どんな出会いがあるのか、どれくらいの体力がいるのか、まだ見ぬ世界に背を向けないようにしていきたいといつも思っていますが、何かを始めるときはいつもドキドキしますね。

 

最初は少人数になると思いますが、ギターレッスンを始めることにしました。

今年(2018年)に入ってから教えはじめたギターデュオ”栗もえか”の二人があまりにも急速に上達して、そのギターを武器に、本来持っている歌の力でオーディエンスを魅了している姿を見て、自分にも何かできるかなと思った次第です。

(栗もえかの上達は、彼女たちの恐ろしいほどの努力と集中力のなせる技なのですが)

そこまで気張らなくても、まずは音楽を自分で発信する。ギターをただ家で弾くことだってそうですね。音楽が身近にあるんはとても良いことです。そして、上達するともっと嬉しい。楽しく続けるための近道を、そしてプロ志向の方には自分のスタイルを作り上げるお手伝いをさせていただこうと思っています。

 

興味のある方は、Lessonのページをご覧ください。


膝を折って寝ると悪い夢を見るというのは本当か。


レコーディングが進んで、そろそろアルバムタイトルを、そしてジャケットの制作に入っていかないと間に合わないのだけれど、録りこぼしたもののRECスケジュールやら、その後のツアーのことなど考えていたらどんどん時間が過ぎて行ってしまう。

ブログも月イチ(懐かしい響きだなぁ)になってきてしまうような。

さて、今回もそんな中、全然関係ない話を。

意識したことはなかったのだけれど、何年か前に「膝を立てたまま寝ると悪夢をみる」という、都市伝説のようなことを聞いて、その後、仰向けで膝を立てている時に何度か悪夢にうなされたので、これは本当なのか、それとも思い込みのなせる技なのか、不思議に思っている。悪夢とはいえ、自分の悪夢は、人が聞くと笑ってしまうような内容である。

だいたい、場面はライブ会場だ。開演時間は刻一刻と迫っている。しかし、他のメンバーの楽器は揃っているのに、自分の楽器だけが全くセッティングされていない。エフェクターボードの配線は全部外れていてぐちゃぐちゃである。で、一生懸命にアンプを持ってきたりケーブルを繋いでいる。ステージ真ん中ではボーカリストがこっちを向いて待っている。(その日によって、それはいずみさんだったり染谷さんだったり色々である)

「ちょっとだけ待ってください、ちょっとだけ!」と冷や汗を書いているところで、決まって目が覚める。

もう一つのパターンは衣装だ。楽屋でみんなささあ、行くぞとなった時に、他のメンバーは全員小綺麗に着替えているのに、自分だけがヨレヨレのスウェットの上下なのだ。で、そこから衣装を探し始めるのだがどこにも見当たらない。ある程度心身ともに疲れたところで目が覚める。

一番新しいパターンは、無事にステージまで行くのだけれど、1曲目のイントロ頭でシールドがちぎれて銅線がキラキラと弾けるというものである。ここまでくると、もう本当にどうしようもない。

いろんな職業で、きっといろんな悪夢があるのだろうと考えると、自分のものなんて取るに足らないように思えるが、毎度、必死に汗をかいている。

こんな夢はなかなか体に悪いので、膝を立ててしまっている時はすぐにまっすぐに足を延ばすようにしている。

 

今夜は無事に眠れるだろうか。



早い時間に息子(もうすぐ3歳)と一緒に眠りについて、息子の咳で起きてから眠れなくなったので、この文章を書いている。

時々、無慈悲に足で蹴ってくる以外はとても可愛い寝顔である。その日のどんな悪行も、帳消しにしてしまうような。

ところで、眠れずに起きだして読んでいた本の中に、三好達治の詩が出てきた。

 

『雪』

 

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ。

 

雪が珍しい土地で、翌朝には積もりそうな雪の降る夜、母親が子供を眠らせて、針仕事か何かをしている。太郎、次郎、それぞれ違う家に、小さな明かりが灯っている様子を俯瞰的な視線で思い浮かべる。

 

僕自身は、太郎と次郎が兄弟のように感じた。(実際に作者がどう意図したかは、ここでは重要ではない)

母親はまず太郎を眠らせ、その次にぐずっていた次郎をようやく眠らせる。同じ屋根に守られて眠っているけれども、太郎、次郎、それぞれに違う世界があり、違う夢を見ている。彼らは兄弟だけれども、全く違う人生を歩み、生きていく。それぞれに、自分の道がある。眠っている彼らは、まだ未来のことは夢を見るばかりである。母親がそばにいる。温かい体温に守られながら、雪の降る中、夢を見ている。

こんな解釈も良いだろうと思う。

詩が時に、窮屈になった人の心を救うのは、想像力が羽ばたく余地があるからではないか。

僕は狭い部屋の中でなんとか眠ろうとしながら、そんなことを考えている。

 

心の中だけはいつも大きくいたい。


5月、前半戦。


5月になった。色々とあったのだけれど、なかなか書きそびれて今にいたる..  

思い出しながら書いてみます。

 

5月5日。渋谷CLUB QUATTROにて、染谷俊25周年ライブ。

満員のオーディエンス、染谷さんの背中、後ろから見てて感動した。

染谷さんとは10年以上、一緒に音楽をやらせてもらっていますが、一つの集大成として、でも、やはりまだまだ通過点として、宝物のようなこの日があったのだなと思います。

 

染谷俊バンドは、ドラム/佐治ちゃん、ベース/スティング宮本さん、そして自分のギター。4人で奏でました。素晴らしいバンド。

 

この日のスペシャルゲストは清木場俊介さん。圧倒的な歌声。

久しぶりにお会いできて嬉しかったです。

ギターのキム兄、久雄くん、サックスのアンディー、たくさんの仲間たちとの素晴らしい夜でした。

アンコールの「理由」は全員で。また、次に向かう勇気が湧いてくるのでした。

 

 

5/13は、榊いずみライブ@渋谷TSUTAYA O-Crest

25周年DVD&CDも無事に発売。いずみさんの声はどんどん迫力を増して、脳みそを撃ち抜かれたような感覚(笑)

Drum 末藤健二、Bass 金戸覚(久しぶり!)key 若槻昌子(from ビードローズ) 

Guitar 佐藤亙というバンドでした。演奏してて、本当に楽しかった。

 

O.Aはアイドルギターデュオの”栗もえか”。

あっという間に成長して行く二人。とにかく声が強い。ギターもどんどん表情がついてきた。今後が楽しみでしかたないですね。ギターレッスンも頑張ろう。

 

我らがビードローズのニューアルバムのレコーディングも進んでいます。

4月のレコーディングでは、臼井雄飛くんをゲストベーシストに迎えて録音。

雄飛くんとは初めて会ったのにいきなり録音。曲の理解度が高く、素晴らしいベースを弾いてくれました。この日のエンジニアは前回もお世話になった大島久明さん。

何も言わなくても好きな音にしてくれました。大島さんはどんな過酷な状況でも良い作品に向けてベストを尽くしてくれます。頼れます。

Earthworksのマイクをトップに立てて、MANLEY SLAM!で叩いた音が素晴らしかった。

色々と実験しながらのレコーディングは楽しいなあ。

5月はスティング宮本さんを迎えてのREC。

もう、さすがとしか言いようのないベースでした。快く引き受けてくれた先輩、ありがとうございます!

 

そしてボーカル録音はやっぱり難しいなー。

 

 

さて、来週は合宿レコーディングに行ってきます。


ありがとう、さようなら。


まずは、ビードローズより、大切なお知らせを、読んでください。

先ほど発表になりましたが、Bass / 斉藤スグルがバンドを脱退することになりました。

こうやって発表する段階になって、また、本当に辞めたんだなって、実感が湧いてきます。

この気持ちを言葉になかなかできないので、別々の道を歩いて行こうと4人で決めた日に書いた日記を、

ここに掲載しようと思います。

 

 _ _ _ _ _ _ _ 

 

3/30

Bass 斉藤スグルが、ビードローズを抜けることになりました。

様々な事情と、いろんな流れと、それぞれが抱えているもの。

年齢を重ねるごとに、4人で続けていくことが難しくなりました。

喧嘩して別れたわけではなく、現在のことも未来のことも考えての結論。

 

さっき握手して別れました。

一生会えなくなるわけでもないし、疎遠にはなるけど、友達づきあいは続いていくだろうと思うのだけれど、家に帰って、なんなんだろう、この喪失感は。

 

昔のブログを読み返してみると、2008年1月の日記に、新しいベーシストが加入したと書いてある。2nd アルバム「Life is good」をリリースした年だ。スグルはアルバムのレコーディングの途中から加入したんだっけ。「Life is good」って書いてあるカバンをスグルがレコーディングスタジオに持って来ていたから、このアルバムタイトルになったんだ。

 

ちょうど10年間か、本当に色々あった。真冬のストリートライブに始まり、レコーディング、合宿、ツアー。良い時も悪い時も、ずっとそばにいた。榊いずみさんのサポートもバンドとしてたくさんやったね。映画のスクリーン、テレビドラマ、ラジオ。いろんなところから君のベースの音が流れて来たよ。

いつも僕らの感情の受け皿になってくれてありがとう。

年上なのに呼び捨てしてごめん。

おかげで、2017年は月イチでワンマンもできたし、最後は50曲ものマラソンライブを走りきった。結局、それが最後のライブになっちゃったけど。

 

君の人生は誰のものでもない、君だけのものだ。これからも応援してる。

だから、これからも応援してくれ。

 

ありがとう。僕らはこれからも進んでいくよ。

 

 

 


近藤智洋 「塔」


新着メールが一通。

近藤智洋さんから、ニューアルバム「塔」が届いた。

早速、目を閉じて聴いてみる。

 

近藤さんの脳内をのぞいているような感覚。内省的で、体が浮いていくような音。

そこにズシリと響く言葉の羅列。

メールには、全ての録音を自宅で、エンジニアさんと一緒に行った、とある。

録音にも親密さが溢れているし、ミックスも繊細で大胆でとてもよい。

聴き終えた時、この作品に最初に感じた感情は、「励まされた」だった。

こういうのを本当の創作物と言うのだろう。素敵なジャケットのイラストと相まって、

美術館で一つの絵画の前に立ち、ずっと目が離せずに立っていたような、

そんな気持ちになった。

 

近藤さんがPEALOUTで轟音の中で歌っていた時、僕はライブハウスの客席から

その姿を見ていた。せめぎ合う音をかいくぐって届いてくる言葉たち。かっこよかった。

そして、昨年から、函館のHさんの縁で、ライブを観に行ったり、観に来てもらえたり。

感謝します。

 

これから始まるビードローズのレコーディングに向けて、つまずきそうな時は、

このアルバムをもう一度聴き返そうと思う。良いものを届けたいから。

それは、音楽でも野菜でも一緒(笑)。ですよね、Hさん。

 

 

http://kondotomohiro.com

0 コメント

映画「生きる街」の音楽について


 

3月3日、いよいよ榊英雄監督映画「生きる街」が公開された。

これから全国で順次公開されて行く予定である。

この作品の音楽は榊いずみさん。自分も、音楽チームの一員として、いずみさんの作り出すメロディーをアレンジして、

様々な楽器を演奏した。

「生きる街」は、石巻を舞台にした、震災後の家族の物語だ。

あらすじは、オフィシャルサイトから抜粋させてもらう。

“生まれ育った海沿いの町で、漁師の夫、2人の子どもと幸せに過ごしていた佐藤千恵子(夏木マリ)の暮らしは、2011年3月11日に一変。津波に流された夫は帰って来ない。それでもいつか夫が戻って来ると信じて、千恵子は地元を離れずに生きている。しかし、あの日を境に、今は離れて暮らす子供たちもまた癒えない傷を抱えていた。被災のトラウマから子供を持つことを恐れる娘の香苗(佐津川愛美)と、何でも震災のせいにして人生から逃げる息子の哲也(堀井新太)。そんな家族の前に、かつて同じ町に住んでいたドヒョン(イ・ジョンヒョン)が韓国からある人の手紙を持ってやって来る。

手紙に託された想いに触れたとき、止まっていた家族の時間がゆっくりと動き出すのだった――。”

 

2月26日に、この映画のShow Case Liveが渋谷TSUTAYA O-EASTで開かれた。

夏木マリ、主題歌を歌うBRAHMAN、音楽担当の榊いずみの3組のライブと監督、キャスト、スタッフのトーク。

今回の役を受けるには勇気が必要だったというマリさんの想い。

主題歌を作るまでのTOSHI-LOWさんのエピソード。それぞれ、胸を強く打つものがあった。

 

サウンドトラックの製作が2017年の3月終わり頃だったので、一年近く時間が経ったこともあり、皆さんの話を聞きながら、また新しい気持ちで新鮮にこの映画に向き合うことができた。

 

 

音楽の製作は(榊組の場合)撮影後、映像があらかた編集されてから始まるため、寝食を共にして、眠る時間も惜しんで撮影してきたチーム、カットになったシーンへの役者の想いなどなど、撮影現場の空気感を感じることはない。

 

良い意味で言えば、全く情報がない中から、まっさらな視点で(観客に近い視点で)作品に対峙できるポジションになる。(いずみさんは、子供達と一緒に最後のシーンの撮影に石巻に赴いている。大きな余震で津波警報が出た日だ。)

 

いずみさんは、この映画のメインの音楽は「波の音だ」と言った。

ことさら感情を煽るような派手な音楽は無し、無駄な音をそぎ落として、最小限に作っていこうと。

 

最初に手をつけたのは、冒頭の千恵子が自転車で坂道を降りて行くシーン。映像だけで十分に説得力がある。

いずみさんが作ってきたメロディーを、スタジオに置いてあったアップライトピアノで単音のみで弾いた。

ただただ本当にシンプルな音だったので、監督がどう反応するか心配だったのだけれど、監督は、

「これでもう映画のイメージが決まった」と言った。

音が少ないのだがそれゆえに、いずみさんの作るメロディーが際立って聴こえたのだろう。

 

メインテーマになるメロディーがうまくはまったので、そのほかのシーンもその延長線上を行くイメージで製作して行った。

基本の音はピアノ。グランドピアノではない、アップライトピアノの音が、この映画の質感にマッチしたのではないかと思っている。

荘厳というよりは、素朴な、生活に近い音。

 

ドヒョンが石巻を訪れるシーン。香苗の涙が止まらなくなるシーン。哲也が胸の内を吐露するシーン。それぞれに、映像を壊さない音楽を寄り添わせて行った。

クリックも使っていないので、映像の終わりと音楽の終わりがきちんとマッチするまで、何度もピアノを弾き直した。

 

音数が多くて大変だったのはスーパーの店内で流れている音楽や(こういうのも全て作って行くのだ)居酒屋の演歌(いずみさんが熱唱)千恵子の民泊でみんなが宴会している時に聞いている演歌(いずみさんが風邪をひいていたため、自分が熱唱。。)あたり。

 

深夜、香苗が千恵子を抱きしめるシーンでは、2パターンのアレンジを作った。一つはピアノのみの音。

もう一つはストリングスが入ったもの。

最終的なダビング(映像に音をはめて、バランスをとって行く作業)の日、ここでも、監督といずみさんの意見はシンプルな方へ動いた。音楽は観客の感情を良い方にも悪い方にも動かしてしまう危険な力がある。だからこそ、神経を使って慎重に。

 

ラストシーンで、ようやくストリングスやギターの重なった音が出てくる。

そしてBRAHMANの「ナミノウタゲ」に引き継がれ、映画は終わる。

 

僕はポストプロダクションからの参加だったのだけれど、ダビング時にスタジオにやってくるスタッフの皆さんの、何気ない一言や意見から、それぞれのこの作品への深い想いを受け取った。

故郷を東北に持つ人もいれば、そうでない人もいる。僕も東京であの震災を経験した一人であり、津波の現場の本当の姿は知らない。

けれど、記憶が薄まって行っても、誰もが癒えることのない傷を抱えている。

見終えた後に家族のことを考える、そんな映画になっていると思います。

 

 

ぜひ劇場で観てください。

 

http://www.ikirumachi.com


ステージにて、ギターを抱えて思うこと。


自分のバンドであるビードローズはアルバム制作中にて、しばらくライブがない。

2017年は月イチでワンマンをやって、今年の頭には50曲ライブをやったのだけれど、早くもライブが恋しくなって来た(笑)

 

そんな中で、2月はサポートでギターを弾く機会に恵まれて、3本、様々な場所で演奏させてもらった。(とても幸せなことだ)

ZEPP Diver Cityでの”栗もえか”のサポート。若く、なんでもすぐに吸収して自分のものにしてしまう素晴らしさ、ステージでの輝きを後ろから見守る。

22日は、渋谷eggman。染谷俊さんのバースデーライブ。

続けて来たこと、変わらずに情熱を持ち続けること。困難を軽々と超えていく体力と集中力。そして笑顔に変えて行っちゃう人間力。毎年クタクタになるけれど、さじちゃん、スティングさん、そしてSAXのアンディーのバンドは強力でとにかく楽しかった。

 

昨夜は渋谷TSUTAYA O-EASTにて、榊英雄監督映画「生きる街」のShow Case Live。

榊いずみさんとステージへ。5曲、短い時間だったけれど、隅さんスエさんの強力なリズム隊に支えられて、いずみさんの歌声は天井を超えて響いた。

BRAHMANのステージは2階で観ていた。先日の武道館もすごかったけれど、さらに心に刺さるものがあった。会場に来た人にしかわからないかもしれないけれど、「ナミノウタゲ」は泣きながら聴いた。僕にも息子がいるんだ。

夏木マリさんとのセッションの機会にも恵まれた。大きくて自由な人だな、と思った。

一緒にいたくなる人。

 

 

ステージ上で表現する生の音楽は、その人の生き方が表出する。もう、どうしようもないくらいに露わになる。自分も凛としてそこに立っていたいと思う夜。

 

 

映画「生きる街」HP

 

榊いずみさんとともにサウンドトラックを製作しました。ぜひ、劇場でご覧ください。


果たして2月。


早くも2月。

一昨日は榊いずみさんと一緒に、ZEPP Diver Cityで行われた、フジテレビNEXT 「ももいろフォーク村」で、3B juniorの栗本柚希さん、鈴木萌花さんのユニット”栗もえか”とアコースティックセッション。

約1ヶ月の間に3回のリハーサル。まず、ギターで「失格」を弾くという練習から入ったのだけれど、彼女たちは回を追うごとにどんどん弾けるようになっていった。これは若いからできるみたいな簡単なことではないな、と。歌もどんどん表情が豊かになって行き、なんだかとても良い時間を過ごさせてもらった。まず、その集大成となるライブ。

番組のオープニング30分、4曲だけれど、全力で歌い切る二人に感動。

(自分の方がいっぱいいっぱいになってました)

これからも期待して見守って行きたいものです。色んな気持ちを思い起こさせてくれてありがとう!

 

昨日はビードローズのプリプロを。ライブですでにやっている曲とはいえ、急ぎ仕上げて発表した曲は細かくみていくと直していくところがたくさんある。それゆえに、時間もかかる。あまり焦らず、じっくり取り組んだ方が良さそうだ。

リリース日は一応決まっているが、そこまでの持って行き方を考えているところ。

言葉、アレンジ、重ねていく楽器の音色。リズムパターン、ベースライン。

曲に関して考えることはたくさんありすぎるくらいある。

そして、スタジオ、エンジニア、実務的なこと。。先は長いが、頑張ろう。

 

 

今日はこれから染谷俊誕生日ライブのリハーサル。8時間の長丁場。


月イチワンマン THE FINAL 50曲ライブ。


 

昨夜のことを書こうと思う。記憶が薄れてしまわないうちに。

 

2017年、ビードローズは新横浜ベルズで月イチでワンマンライブを行った。この企画が出たのは、2016年の5月29日に、YUSAKUくんが誘ってくれたイベントでベルズに初めて出演した日まで遡る。

ベルズの社長の小山さんが、終演後30分ほど僕らの音楽を絶賛してくれた。そして、未来へのビジョンを提示してくれた。月に一回ワンマンライブをやらないかと。

僕らにとっては冒険以外の何物でもなかったのだけれど、(実際、やると決めるまで何度もバンド内で話し合ったのだ)僕自身は挑戦したい気持ちが大きかった。なぜなら、この時の小山さんが言ってくれた言葉がずっと心に残っていたからだ。

その時期、自分の歌声に自信がなくて、疑問さえ抱き始めていた僕に、

「そのままの自分の声を受け入れられるようになったら、もっともっと良くなるよ」

と言ってくれたのだ。(社長はもう忘れていると思うけど)

 

それに、間も無く結成20周年を迎えようとするバンドにとって、”何となく”で時間が過ぎるのは危険だということもあった。時には劇薬も必要なのである。メンバーもそれぞれ、自分の仕事と生活が忙しい中での月イチワンマンはそれなりの覚悟が必要だったが、僕らは前に進んでみることにした。

 

始まってみれば、毎月違うテーマに挑んで、さらに新曲を発表して行くというのは崖の端でピストルを構えられて踊っているようなものだった(この感じわかるかな?)。

何とか乗り切るたびに次の試練がやってくる。ベルズのスタッフ、舞台 / 照明のIさんとPAのKさんが中心になって、僕らを支えてくれた。

最後は産休のため立ち会えなかったけれど、いつも音を録音してくれたMGさん。途中から自分の夢を叶えるために忙しい仕事についてしまったけど、ほとんどの回でいつも笑顔で楽器を運んでくれた溝手くん。全ての回でビデオを記録してくれた小野さん。

みんなに支えられて、月イチワンマンは続いて行った。

 

社長の小山さんは、なかなか動員が伸びないバンドに、貴重な週末を最優先で空けてくれていた。懐の広さ日本一のライブハウス。そしてこのハコの音の良さ。僕らの演奏が一番うまく表現できる環境の中でやらせてもらえたと思う。

 

12月で一旦区切りはついたのだけれど、また小山さんがものすごい案を出してきた。ファイナルを1月に、それも50曲ライブをやろう。その先にきっと見えるものがあるから。

一体、何が見えるというのだろう。それは行って見ないと分からない。

勇気のいる決断だったのだけれど、半ばヤケクソな気分で、僕らはまたしても進んでみることにした。迷った時は、やるのである。

 

そして昨夜。幕が開けば、もう進むしかない。気持ち的には見切り発車の中、次々に曲を演奏して行った。第一部の後半、縄田よぴさんとYUSAKUくんがゲストで出演してくれて、ちょうどテンションが落ちそうなところで新しい風を入れてくれた。第一部終了、ここまでで20曲。普段のワンマンの曲数をすでに超えている。休憩を挟んで(カレーが爆発的に売れたので予定より長い休憩になった)第二部。ここはアコースティックに10曲。

 

さあ、残りは20曲。いつのまにか、外は暗くなっているらしい。もはや疲れているのか、まだまだ行けるのかもよく分からない。何とか正気を保とうとしているメンバー。

そんな中、スペシャルゲストの榊いずみさんが、楽屋に元気を届けてくれる。そして素晴らしい歌を披露してくれる。

 

あと17曲。ダークな曲が続く。自分の中に音楽が広がって行くのがわかる。音が波となって脳の中を支配し始める。まるで音楽の海の中にいるようだ。自分が今、歌を歌っているのかさえ分からなくなる。曲が終わった時、息継ぎをしに海面に戻る。チューニングをして、また深い海に潜って行く。真っ暗な深海ではなく、光がまだ届いている。けれど、方向感覚は全く無い。どちらが上でも下でも構わない。

 

最後の7曲。「Universe!(Are We?)」から、2017年の新曲「半径5M」に行くところだったが、ドラムのコジマが「ロードソング」に入ってしまう。それもまた良し。ラストのギターソロは長めに。フロントマンは勝手に走るけれど、バンドはぴったりと付いてくる。この感覚。欲しかった感覚。

曲順を間違えたことを確認して、改めて「半径5M」。

そこから「スパイダー」へ。口ずさんでくれている人を見ると嬉しくなる。「風に歌え」へなだれ込む。

喉はそろそろ限界を迎えている。火傷したように熱くなっている。腹に力を入れる。前半、気をつけていた姿勢や声の出し方は全部頭から吹っ飛んでしまっている。苦しいけれど、どこまで行けるのか試してみたい気分にもなっている。汗が音を求めて吹き出してくる。どこからか、「青ノ時代」のイントロのピアノが聴こえる。最初の歌詞がこぼれ落ちる。「伝えたいことなんかない」と歌う。ただ、みんなが近くにいてくれればいい。今、みんなが近くにいる。

 

最後のMCは軽く済ませる予定だったのだけれど、不意に何かが込み上げてくる。

 

最後の曲には、「君がいない」を選んだ。ラストの部分の歌詞が、フィナーレにふさわしいと思ったからだ。

 

“星を消しながら現れる朝焼け ひとしずく涙こぼれ落ちたなら

もう一度やり直してみよう もう一度やり直してみよう”

 

僕らは再生の歌を歌ってきた。そしてこれからも歌って行くだろう。

楽器は関係ない、全員が歌うのだ。だからこそ、この四人の意味があるのだ、と思う。

 

みんなが立ち上がって僕らを見ている。僕らの音楽を心待ちにしてくれている人がいることを確認する。それで、ああ、良かったんだ、と思う。間違ってなかったんだと、思う。

 

 

今日という日を、みんなで創り上げてくれて、ありがとう。本当にありがとう。

 

 


月イチどうでSHOW!? セミファイナル。

昨日は我がバンド、ビードローズが2017年、月イチでやっているワンマンライブのVol.11。年内最後の回だった。

毎月新曲を発表し、趣向を変えながらやって来たシリーズの、節目。

(後は、来年のTHE FINALを残すのみ)

準備することに全精力を傾けて来たので、一年間終わった後のことは何も考えていなかったのだけれど、終わってみれば、会場に集まってくれた皆さんと、新横浜ベルズへの感謝しか残らなかった。

僕らのようなバンドが、あのハコで、一年間に渡って毎月ワンマンができること、普通はありえない話なのだけれど、ここまで走ってこれて、バンドの基礎体力がぐっと上がった気がする。来年につなげるためにも、この感じを覚えておきたいと思う。

ライブの次の日はさぞぐったりするかと思いきや、とても気力が充実している自分がいたりします。音楽と、ライブハウスで会えたみんなに力をもらっているんだな。

 

音を介して、気持ちや良いバイブレーションを循環させるのが、音楽家の仕事かもしれないと思うのでした。


RAINとPAIN(歌詞を書く)

色々と溜まっている仕事に向かう。

流さんのとあるプロジェクトのための楽曲制作。ようやく、ミックスまで完成。

流さんのOKも出たので、マスターファイルを送る。一晩寝かせてまた聴いてみたり、

昨日のマスタリングで学んだことを生かしてみたり。(昨今のリスナーのリスニング環境を鑑みての、中低域の充実がテーマ。何かの論文みたいだな)

 

自分自身のことも忘れずに。12/3のビードローズ月イチワンマンで披露する新曲の歌詞を書く。再生がテーマ。

仮タイトルは、「RAINとPAIN」。

いつもテーマにしているようだけど、やはり今回も。

 

2017年、一年を通じて続けて来たワンマンも、いよいよ残り2回。

ぜひ、新横浜に遊びに来てください。

 


「HOME」マスタリング

テレビドラマ「まかない荘2」の主題歌、榊いずみ「HOME」の配信用マスタリング。ソニー乃木坂スタジオにて。

いつもいずみさんの作品のクオリティーを格段にあげてくれる、マスタリングエンジニア酒井さん。今回もぐっと楽曲の魅力をあげてくれました。

彼のすごいところは、理路整然としていながらも、とても音楽的であるところだ。

音の職人なんだけど、とてもアーティスティックに仕上げてくれる。

発売はすぐ。このスピード感がすごいな。テレビドラマでは使われていない部分、きっちり聴いていただきたい気持ちでいっぱいです。いずみさんの歌、やはり良い。今が一番良い。

 

帰り道、ミッドタウンに寄って、いずみさんとMGさんとPodcast “定時制フィーリング”の収録。1時間ほど喋り、その後、12/17の25周年ライブのバンドアレンジの打ち合わせ。

 

12月に入る前から、師走的にバタバタしているけれど、走り抜けよう。

 


ここ最近の出来事

また前回から随分と更新をサボっていましたが、とある待ち時間に書いてみます。

 

ここ最近は、なんだか毎日忙しく過ごしていて、なかなか余裕が見つからなかった。

榊いずみさんの大阪、京都のツアーから帰って風邪をひき、(正確には、ツアーメンバー全員風邪をひいたのだけど)

それが結構長引いて、いろんなことが後手後手に回ったのが原因。

 

体調管理が一番大事!というのは、体調が悪くなってからいつも思うことだけれど。

 

台風の最中のいずみさんツアー、ライブ内容は素晴らしかった。久々に京都で演奏もできたし、大阪ではウルフルケイスケさん、リクオさん、シェキナの演奏も楽しめたし、充実してた。しかし、風と雨の中の搬入搬出は結構シビれます。体力つけなきゃなーと、思う。

 

ここ1週間は、流さんのニューアルバムのミックスを毎日。

集中して一人で作業していると、客観性を保つのが難しくなってくるので、途中で一旦強制的に他の曲に移ったりして、冷静に冷静に進めていった。こういうことができるのも、コンピューターのおかげである。

 

ミックスには色んな手法があるけど、今回はUADのプラグインで音を作ったら、どんどんバウンスしてまとめていった。後々までいじれるような環境にしておくよりも、スパッと決断して進めた方が結果が良いことが多いからだ。

 

だから、最終的なセッションファイルを見ると、プラグインの数がとても少ない。コンピューターの負荷的にも、自分の心の負荷的にもスッキリである。

 

新しい道具はインスピレーションを与えてくれるが、使いこなすのも大事なこと。

 

 

明日はマスタリングだ。


エレキギターという魔法。

 

長期入院していたメインギターが、帰って来た。フレットを打ち直してもらい、ネックも調整してもらって、まるで生まれ変わったかのように素晴らしいバランスとトーンになった。

 

僕が10年来、メインとしているエレキギターは、サイケデリズムのSolid Thinlineというギターで、fホールと呼ばれる穴が空いているが、実は空洞が無いデザイン。

初めて出会った時、目が釘付けになって、金縛りにあったような感覚になったことをよく覚えている。

(ちなみに、ハタチそこそこの頃、ヴィンテージのGretsch Country Gentlemanを買った時も、弾いた瞬間に体に電流が流れた)

 

後々までずっと使い続けるものは、出会いの瞬間が違う。僕はその感覚を忘れずにいたいと思っている。(ペットの犬や猫を飼っている人は、似たような感覚がわかるかもしれない)

 

サイケデリズムのギターに話を戻すと、恵比寿にあるこのお店は、二人だけでやっているギターショップで、もともとはリペアがメインだったのだが、オリジナルギターを作ってみたら、プロの現場での評判がすこぶる良く、いつの間にか広まって、たくさんの種類を作るようになった。(たくさんと言っても、工場で量産されているわけでは無いので、そんなにたくさんの数ではない)

ヴィンテージのサウンドを敬いながら、現代の音楽シーンにマッチした立ち上がりの速さを兼ね備えたギターと言えばいいだろうか。

 

僕は10年の間、このギターを育て、このギターに育てられて来た。

そしてスタッフのお二人も、

「10年前よりも僕らも成長したのかもしれないです」

と話してくれた。そう、成長したのはギターと僕だけではないのだ。

使い続けないとわからないこともある。

 

仕事としてこのギターを使う身としては、とにかく、いつでもメンテナンスが安心して受けられるというのは、ありがたい。

こんなに親身に手入れをしてくれるお店は他にはないだろう。

感謝の気持ちを、ライブに、レコーディングに込めたいと思っている。

 

指先から、耳から、目から、身体中から。

エレキギターという魔法は、今日も解けることなく僕のそばにある。

 


腕時計のはなし。

7月27日

引き出しの中を整理していたら、父の形見の腕時計が出てきた。

そんなに高価なものではないし、(父は腕時計が好きで沢山集めていたが、あまり高価なものは買わなかった)

 

デザイン的にも新しい感じではないのだが、なんとなく腕に巻いてみたくなった。

もちろん、時計の針は止まっている。電池を替えなきゃな、と思う。

左腕に巻いて、よーく盤面を覗き込むと、小さな円で表示されている秒針が動いていた。

あれれと思って裏側を見ると、なるほど、自動ネジ巻きの機械式時計だった。

腕に巻いていると、ローターと呼ばれる装置がクルクルと回って、勝手にネジを巻いてくれるわけだ。Automaticとも言う。

なんとなく嬉しくなって、一日、身につけて過ごした。ただ、ベルトが少々緩い。親父と自分の手首のサイズが違うのだろう、なんとなく居心地が悪い。

 

後日、ひさしぶりに時計屋に行き、ベルトの調節をしてもらった。

手首にしっとりとフィットしたそれは、不思議なもので、前よりもデザインも良くなったように見える。

毎朝、正確に時間を合わせる必要があるが、それも一日始まりの儀式のようで心地良いし、

家に帰って時計を外すと、気持ちまでリラックスするような感覚もある。

 

今まではわざわざスマホを取り出して時間を確認したり、近くにいる人に聞いたり

(その近くにいる人もスマホを取り出して確認したり…)していたのだが、

やはり腕を覗く方がスマートだ。

 

しばらく愛用しようかなと思っている。


旅の中で

榊いずみさんツアーにて、北海道(函館、札幌)と、奈良・和歌山に行ってきた。

ギターを弾くために旅に出るのは本当に楽しい。移動にどれだけ苦労したとしても、演奏中はそんなこと忘れてしまう。

函館では、心の底から音楽が好きな人に出会えた。(一番好きなバンドが一緒だったから、なんとなく、それだけでも通じ合うところがある)

札幌では、ここ何年かで紡いできた、出会いと音が重なって、再会あり、出会いありの、これまた素晴らしい夜になった。

人と出会って、いつも一緒にいるわけではないけど、時々遠い空の下、走り続けている仲間を想って。そんな想いを、ビードローズの新曲(「生まれた街を遠く離れて」)の歌詞に書いた。北の街で、走り続けている仲間へ。時々、空を見上げて、彼らのことを想う。すると、どこからか力が湧いてくる。

いつも一緒にいて甘え合うだけが友達じゃないよなと、最近、思う。

 

奈良、和歌山も素晴らしい日々となった。三連休の過酷な渋滞は堪えたけれど、それも含めて、音楽の旅だった。日に日に増していく、いずみさんの声の力強さを感じながら、アコースティックギターを掻きむしった。

どの会場でもオープニングで歌わせてもらって、また新しい自分を見つけることもできた。和歌山OLD TIMEのボビーさんには、「また絶対来いよ!」と言ってもらえて、流さんの縁に導かれてSpicy Honey Milkの皆さんに出会えて。

生きていると感じる、旅だった。

 

また、旅に出よう。


代打で講師

昨日は、専門学校の講義を。定期的にやっているわけではなくて、時々、音響効果のTさんが仕事で都合が悪くなった時に、代打で引き受けている。

ここはゲームやアニメやプログラミングなどが専門の学校で、僕は音楽が専門分野なので、少々、畑違い的な雰囲気もあるが、ざっくりと音響ということに関しては、色々と伝えることができる。若い世代とゆっくり話をする機会もなかなかないので、今回で二回目だが、やらせてもらうことにした。

できるだけフラットに、接したいと思っているのだけれど、なかなか難しいな、それこそ、もっともっと親密に子供たちと向き合う小学校や中学校の先生は毎日、懸命なのだろう。想像に難くない。

 

帰りの駅では電車が止まっていて、地下のプラットホームは人で溢れていた。

停車中の車両もすでに満員、動く気配もないので、構内のキオスクまで戻って、缶のスパークリングワイン(こんなものが今は売っているのだ!)を買って、階段の端に座り込んで飲む。何人か、同じように難を逃れて座っている人がいる。若い女性、サラリーマン(この人は缶チューハイを手に持っている)電話で仕事に関して進行な話をしている妊娠中の女性、などなど。外国だったらこういう時、暇つぶしに知らない人と会話したりするんだろうなと思うのだけれど、いかんせん、全員スマホを覗いているので、僕は黙って人の流れを見ながらワインを飲む。疲れと喉の渇きが相まって、アルコールが意外に早く体を回ってくる。

到着した電車から大量の人々が降りてきて、みんな僕の方を一瞥する。時々目があう人もいる。けれど、当たり前だけど何も起こらない。

それでも、みんな夕暮れのなか、一日の仕事の疲れをふんわりとまとって、それぞれに家路を急ぐ姿は、なんだか美しかった。

 

そして僕も立ち上がり、ようやく動き出した電車に向かった。