近藤智洋 「塔」


新着メールが一通。

近藤智洋さんから、ニューアルバム「塔」が届いた。

早速、目を閉じて聴いてみる。

 

近藤さんの脳内をのぞいているような感覚。内省的で、体が浮いていくような音。

そこにズシリと響く言葉の羅列。

メールには、全ての録音を自宅で、エンジニアさんと一緒に行った、とある。

録音にも親密さが溢れているし、ミックスも繊細で大胆でとてもよい。

聴き終えた時、この作品に最初に感じた感情は、「励まされた」だった。

こういうのを本当の創作物と言うのだろう。素敵なジャケットのイラストと相まって、

美術館で一つの絵画の前に立ち、ずっと目が離せずに立っていたような、

そんな気持ちになった。

 

近藤さんがPEALOUTで轟音の中で歌っていた時、僕はライブハウスの客席から

その姿を見ていた。せめぎ合う音をかいくぐって届いてくる言葉たち。かっこよかった。

そして、昨年から、函館のHさんの縁で、ライブを観に行ったり、観に来てもらえたり。

感謝します。

 

これから始まるビードローズのレコーディングに向けて、つまずきそうな時は、

このアルバムをもう一度聴き返そうと思う。良いものを届けたいから。

それは、音楽でも野菜でも一緒(笑)。ですよね、Hさん。

 

 

http://kondotomohiro.com

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映画「生きる街」の音楽について


 

3月3日、いよいよ榊英雄監督映画「生きる街」が公開された。

これから全国で順次公開されて行く予定である。

この作品の音楽は榊いずみさん。自分も、音楽チームの一員として、いずみさんの作り出すメロディーをアレンジして、

様々な楽器を演奏した。

「生きる街」は、石巻を舞台にした、震災後の家族の物語だ。

あらすじは、オフィシャルサイトから抜粋させてもらう。

“生まれ育った海沿いの町で、漁師の夫、2人の子どもと幸せに過ごしていた佐藤千恵子(夏木マリ)の暮らしは、2011年3月11日に一変。津波に流された夫は帰って来ない。それでもいつか夫が戻って来ると信じて、千恵子は地元を離れずに生きている。しかし、あの日を境に、今は離れて暮らす子供たちもまた癒えない傷を抱えていた。被災のトラウマから子供を持つことを恐れる娘の香苗(佐津川愛美)と、何でも震災のせいにして人生から逃げる息子の哲也(堀井新太)。そんな家族の前に、かつて同じ町に住んでいたドヒョン(イ・ジョンヒョン)が韓国からある人の手紙を持ってやって来る。

手紙に託された想いに触れたとき、止まっていた家族の時間がゆっくりと動き出すのだった――。”

 

2月26日に、この映画のShow Case Liveが渋谷TSUTAYA O-EASTで開かれた。

夏木マリ、主題歌を歌うBRAHMAN、音楽担当の榊いずみの3組のライブと監督、キャスト、スタッフのトーク。

今回の役を受けるには勇気が必要だったというマリさんの想い。

主題歌を作るまでのTOSHI-LOWさんのエピソード。それぞれ、胸を強く打つものがあった。

 

サウンドトラックの製作が2017年の3月終わり頃だったので、一年近く時間が経ったこともあり、皆さんの話を聞きながら、また新しい気持ちで新鮮にこの映画に向き合うことができた。

 

 

音楽の製作は(榊組の場合)撮影後、映像があらかた編集されてから始まるため、寝食を共にして、眠る時間も惜しんで撮影してきたチーム、カットになったシーンへの役者の想いなどなど、撮影現場の空気感を感じることはない。

 

良い意味で言えば、全く情報がない中から、まっさらな視点で(観客に近い視点で)作品に対峙できるポジションになる。(いずみさんは、子供達と一緒に最後のシーンの撮影に石巻に赴いている。大きな余震で津波警報が出た日だ。)

 

いずみさんは、この映画のメインの音楽は「波の音だ」と言った。

ことさら感情を煽るような派手な音楽は無し、無駄な音をそぎ落として、最小限に作っていこうと。

 

最初に手をつけたのは、冒頭の千恵子が自転車で坂道を降りて行くシーン。映像だけで十分に説得力がある。

いずみさんが作ってきたメロディーを、スタジオに置いてあったアップライトピアノで単音のみで弾いた。

ただただ本当にシンプルな音だったので、監督がどう反応するか心配だったのだけれど、監督は、

「これでもう映画のイメージが決まった」と言った。

音が少ないのだがそれゆえに、いずみさんの作るメロディーが際立って聴こえたのだろう。

 

メインテーマになるメロディーがうまくはまったので、そのほかのシーンもその延長線上を行くイメージで製作して行った。

基本の音はピアノ。グランドピアノではない、アップライトピアノの音が、この映画の質感にマッチしたのではないかと思っている。

荘厳というよりは、素朴な、生活に近い音。

 

ドヒョンが石巻を訪れるシーン。香苗の涙が止まらなくなるシーン。哲也が胸の内を吐露するシーン。それぞれに、映像を壊さない音楽を寄り添わせて行った。

クリックも使っていないので、映像の終わりと音楽の終わりがきちんとマッチするまで、何度もピアノを弾き直した。

 

音数が多くて大変だったのはスーパーの店内で流れている音楽や(こういうのも全て作って行くのだ)居酒屋の演歌(いずみさんが熱唱)千恵子の民泊でみんなが宴会している時に聞いている演歌(いずみさんが風邪をひいていたため、自分が熱唱。。)あたり。

 

深夜、香苗が千恵子を抱きしめるシーンでは、2パターンのアレンジを作った。一つはピアノのみの音。

もう一つはストリングスが入ったもの。

最終的なダビング(映像に音をはめて、バランスをとって行く作業)の日、ここでも、監督といずみさんの意見はシンプルな方へ動いた。音楽は観客の感情を良い方にも悪い方にも動かしてしまう危険な力がある。だからこそ、神経を使って慎重に。

 

ラストシーンで、ようやくストリングスやギターの重なった音が出てくる。

そしてBRAHMANの「ナミノウタゲ」に引き継がれ、映画は終わる。

 

僕はポストプロダクションからの参加だったのだけれど、ダビング時にスタジオにやってくるスタッフの皆さんの、何気ない一言や意見から、それぞれのこの作品への深い想いを受け取った。

故郷を東北に持つ人もいれば、そうでない人もいる。僕も東京であの震災を経験した一人であり、津波の現場の本当の姿は知らない。

けれど、記憶が薄まって行っても、誰もが癒えることのない傷を抱えている。

見終えた後に家族のことを考える、そんな映画になっていると思います。

 

 

ぜひ劇場で観てください。

 

http://www.ikirumachi.com


ステージにて、ギターを抱えて思うこと。


自分のバンドであるビードローズはアルバム制作中にて、しばらくライブがない。

2017年は月イチでワンマンをやって、今年の頭には50曲ライブをやったのだけれど、早くもライブが恋しくなって来た(笑)

 

そんな中で、2月はサポートでギターを弾く機会に恵まれて、3本、様々な場所で演奏させてもらった。(とても幸せなことだ)

ZEPP Diver Cityでの”栗もえか”のサポート。若く、なんでもすぐに吸収して自分のものにしてしまう素晴らしさ、ステージでの輝きを後ろから見守る。

22日は、渋谷eggman。染谷俊さんのバースデーライブ。

続けて来たこと、変わらずに情熱を持ち続けること。困難を軽々と超えていく体力と集中力。そして笑顔に変えて行っちゃう人間力。毎年クタクタになるけれど、さじちゃん、スティングさん、そしてSAXのアンディーのバンドは強力でとにかく楽しかった。

 

昨夜は渋谷TSUTAYA O-EASTにて、榊英雄監督映画「生きる街」のShow Case Live。

榊いずみさんとステージへ。5曲、短い時間だったけれど、隅さんスエさんの強力なリズム隊に支えられて、いずみさんの歌声は天井を超えて響いた。

BRAHMANのステージは2階で観ていた。先日の武道館もすごかったけれど、さらに心に刺さるものがあった。会場に来た人にしかわからないかもしれないけれど、「ナミノウタゲ」は泣きながら聴いた。僕にも息子がいるんだ。

夏木マリさんとのセッションの機会にも恵まれた。大きくて自由な人だな、と思った。

一緒にいたくなる人。

 

 

ステージ上で表現する生の音楽は、その人の生き方が表出する。もう、どうしようもないくらいに露わになる。自分も凛としてそこに立っていたいと思う夜。

 

 

映画「生きる街」HP

 

榊いずみさんとともにサウンドトラックを製作しました。ぜひ、劇場でご覧ください。


果たして2月。


早くも2月。

一昨日は榊いずみさんと一緒に、ZEPP Diver Cityで行われた、フジテレビNEXT 「ももいろフォーク村」で、3B juniorの栗本柚希さん、鈴木萌花さんのユニット”栗もえか”とアコースティックセッション。

約1ヶ月の間に3回のリハーサル。まず、ギターで「失格」を弾くという練習から入ったのだけれど、彼女たちは回を追うごとにどんどん弾けるようになっていった。これは若いからできるみたいな簡単なことではないな、と。歌もどんどん表情が豊かになって行き、なんだかとても良い時間を過ごさせてもらった。まず、その集大成となるライブ。

番組のオープニング30分、4曲だけれど、全力で歌い切る二人に感動。

(自分の方がいっぱいいっぱいになってました)

これからも期待して見守って行きたいものです。色んな気持ちを思い起こさせてくれてありがとう!

 

昨日はビードローズのプリプロを。ライブですでにやっている曲とはいえ、急ぎ仕上げて発表した曲は細かくみていくと直していくところがたくさんある。それゆえに、時間もかかる。あまり焦らず、じっくり取り組んだ方が良さそうだ。

リリース日は一応決まっているが、そこまでの持って行き方を考えているところ。

言葉、アレンジ、重ねていく楽器の音色。リズムパターン、ベースライン。

曲に関して考えることはたくさんありすぎるくらいある。

そして、スタジオ、エンジニア、実務的なこと。。先は長いが、頑張ろう。

 

 

今日はこれから染谷俊誕生日ライブのリハーサル。8時間の長丁場。


月イチワンマン THE FINAL 50曲ライブ。


 

昨夜のことを書こうと思う。記憶が薄れてしまわないうちに。

 

2017年、ビードローズは新横浜ベルズで月イチでワンマンライブを行った。この企画が出たのは、2016年の5月29日に、YUSAKUくんが誘ってくれたイベントでベルズに初めて出演した日まで遡る。

ベルズの社長の小山さんが、終演後30分ほど僕らの音楽を絶賛してくれた。そして、未来へのビジョンを提示してくれた。月に一回ワンマンライブをやらないかと。

僕らにとっては冒険以外の何物でもなかったのだけれど、(実際、やると決めるまで何度もバンド内で話し合ったのだ)僕自身は挑戦したい気持ちが大きかった。なぜなら、この時の小山さんが言ってくれた言葉がずっと心に残っていたからだ。

その時期、自分の歌声に自信がなくて、疑問さえ抱き始めていた僕に、

「そのままの自分の声を受け入れられるようになったら、もっともっと良くなるよ」

と言ってくれたのだ。(社長はもう忘れていると思うけど)

 

それに、間も無く結成20周年を迎えようとするバンドにとって、”何となく”で時間が過ぎるのは危険だということもあった。時には劇薬も必要なのである。メンバーもそれぞれ、自分の仕事と生活が忙しい中での月イチワンマンはそれなりの覚悟が必要だったが、僕らは前に進んでみることにした。

 

始まってみれば、毎月違うテーマに挑んで、さらに新曲を発表して行くというのは崖の端でピストルを構えられて踊っているようなものだった(この感じわかるかな?)。

何とか乗り切るたびに次の試練がやってくる。ベルズのスタッフ、舞台 / 照明のIさんとPAのKさんが中心になって、僕らを支えてくれた。

最後は産休のため立ち会えなかったけれど、いつも音を録音してくれたMGさん。途中から自分の夢を叶えるために忙しい仕事についてしまったけど、ほとんどの回でいつも笑顔で楽器を運んでくれた溝手くん。全ての回でビデオを記録してくれた小野さん。

みんなに支えられて、月イチワンマンは続いて行った。

 

社長の小山さんは、なかなか動員が伸びないバンドに、貴重な週末を最優先で空けてくれていた。懐の広さ日本一のライブハウス。そしてこのハコの音の良さ。僕らの演奏が一番うまく表現できる環境の中でやらせてもらえたと思う。

 

12月で一旦区切りはついたのだけれど、また小山さんがものすごい案を出してきた。ファイナルを1月に、それも50曲ライブをやろう。その先にきっと見えるものがあるから。

一体、何が見えるというのだろう。それは行って見ないと分からない。

勇気のいる決断だったのだけれど、半ばヤケクソな気分で、僕らはまたしても進んでみることにした。迷った時は、やるのである。

 

そして昨夜。幕が開けば、もう進むしかない。気持ち的には見切り発車の中、次々に曲を演奏して行った。第一部の後半、縄田よぴさんとYUSAKUくんがゲストで出演してくれて、ちょうどテンションが落ちそうなところで新しい風を入れてくれた。第一部終了、ここまでで20曲。普段のワンマンの曲数をすでに超えている。休憩を挟んで(カレーが爆発的に売れたので予定より長い休憩になった)第二部。ここはアコースティックに10曲。

 

さあ、残りは20曲。いつのまにか、外は暗くなっているらしい。もはや疲れているのか、まだまだ行けるのかもよく分からない。何とか正気を保とうとしているメンバー。

そんな中、スペシャルゲストの榊いずみさんが、楽屋に元気を届けてくれる。そして素晴らしい歌を披露してくれる。

 

あと17曲。ダークな曲が続く。自分の中に音楽が広がって行くのがわかる。音が波となって脳の中を支配し始める。まるで音楽の海の中にいるようだ。自分が今、歌を歌っているのかさえ分からなくなる。曲が終わった時、息継ぎをしに海面に戻る。チューニングをして、また深い海に潜って行く。真っ暗な深海ではなく、光がまだ届いている。けれど、方向感覚は全く無い。どちらが上でも下でも構わない。

 

最後の7曲。「Universe!(Are We?)」から、2017年の新曲「半径5M」に行くところだったが、ドラムのコジマが「ロードソング」に入ってしまう。それもまた良し。ラストのギターソロは長めに。フロントマンは勝手に走るけれど、バンドはぴったりと付いてくる。この感覚。欲しかった感覚。

曲順を間違えたことを確認して、改めて「半径5M」。

そこから「スパイダー」へ。口ずさんでくれている人を見ると嬉しくなる。「風に歌え」へなだれ込む。

喉はそろそろ限界を迎えている。火傷したように熱くなっている。腹に力を入れる。前半、気をつけていた姿勢や声の出し方は全部頭から吹っ飛んでしまっている。苦しいけれど、どこまで行けるのか試してみたい気分にもなっている。汗が音を求めて吹き出してくる。どこからか、「青ノ時代」のイントロのピアノが聴こえる。最初の歌詞がこぼれ落ちる。「伝えたいことなんかない」と歌う。ただ、みんなが近くにいてくれればいい。今、みんなが近くにいる。

 

最後のMCは軽く済ませる予定だったのだけれど、不意に何かが込み上げてくる。

 

最後の曲には、「君がいない」を選んだ。ラストの部分の歌詞が、フィナーレにふさわしいと思ったからだ。

 

“星を消しながら現れる朝焼け ひとしずく涙こぼれ落ちたなら

もう一度やり直してみよう もう一度やり直してみよう”

 

僕らは再生の歌を歌ってきた。そしてこれからも歌って行くだろう。

楽器は関係ない、全員が歌うのだ。だからこそ、この四人の意味があるのだ、と思う。

 

みんなが立ち上がって僕らを見ている。僕らの音楽を心待ちにしてくれている人がいることを確認する。それで、ああ、良かったんだ、と思う。間違ってなかったんだと、思う。

 

 

今日という日を、みんなで創り上げてくれて、ありがとう。本当にありがとう。