早い時間に息子(もうすぐ3歳)と一緒に眠りについて、息子の咳で起きてから眠れなくなったので、この文章を書いている。

時々、無慈悲に足で蹴ってくる以外はとても可愛い寝顔である。その日のどんな悪行も、帳消しにしてしまうような。

ところで、眠れずに起きだして読んでいた本の中に、三好達治の詩が出てきた。

 

『雪』

 

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ。

 

雪が珍しい土地で、翌朝には積もりそうな雪の降る夜、母親が子供を眠らせて、針仕事か何かをしている。太郎、次郎、それぞれ違う家に、小さな明かりが灯っている様子を俯瞰的な視線で思い浮かべる。

 

僕自身は、太郎と次郎が兄弟のように感じた。(実際に作者がどう意図したかは、ここでは重要ではない)

母親はまず太郎を眠らせ、その次にぐずっていた次郎をようやく眠らせる。同じ屋根に守られて眠っているけれども、太郎、次郎、それぞれに違う世界があり、違う夢を見ている。彼らは兄弟だけれども、全く違う人生を歩み、生きていく。それぞれに、自分の道がある。眠っている彼らは、まだ未来のことは夢を見るばかりである。母親がそばにいる。温かい体温に守られながら、雪の降る中、夢を見ている。

こんな解釈も良いだろうと思う。

詩が時に、窮屈になった人の心を救うのは、想像力が羽ばたく余地があるからではないか。

僕は狭い部屋の中でなんとか眠ろうとしながら、そんなことを考えている。

 

心の中だけはいつも大きくいたい。